お坊さんが袈裟を着て病院を闊歩する日のために 狛江・生活者ネットワーク吉野芳子
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2008 年 2 月 19 日     カテゴリ:福祉
お坊さんが袈裟を着て病院を闊歩する日のために
〜在宅医療を可能にする意識変革を!!〜
 去る17日、日曜日の午後、西河原公民館の学習室が参加者の熱い気持ちでいっぱいになりました。お話をしてくださったのは大田区でいわゆる昔ながらの“往診”をしているお医者さん、鈴木央(ひろし)先生。自宅で最期を過ごしたいという人たちの看取りを含め、看護婦さんと電動自転車で回れる範囲で信頼関係のある医療をしていらっしゃいます。8月生まれで私より2ヶ月お兄さん(?)の同級生なんてことを知り勝手に親しげになっていました。
 世界一の長寿を誇り、憲法のおかげで60年以上戦争もなく、国民がみんな中流の生活をしている国、日本。医療は“お金”に支配され、医者も家族も「最大の敵は死!死に負けるな」とばかりに盲目的に延命を追及してきたように見えます。こう書くと理不尽で狂気すら感じるけど、私は哲学科なのでついこんな風に考えてしまうんです。バブルの時代に学生だったのですが、まさに経済ノリノリで、なんでも解決してくれる頼りになる札束が舞っていた時期には無意味で何の役にも立たない哲学は殊に誰にも振り向いてもらえない地味な存在でした。
 でも今、日本人にもっとも必要なのは「人は必ず死ぬ」と言うことを知ることではないでしょうか?それがすっぽり抜け落ちた上に医療が建っている、そのことがこんなにもすべてを歪ませてしまった・・・。私は子どもたちに「人はいつ死ぬか分からない。いいことをする人が早く死んで悪いことをしている人が長生きかもしれない。年の順でもない。でもみんな死ぬのは確か。」と言っています。今を生きていることの意味が死を考えることで濃くなり、大切になり、他のたくさんの命たちが愛しく、自分のと同じくらいに輝いて感じられる。死ぬという平等の運命にあるすべての人たちと同じ空の下生かされている事実をはっきりとイメージできた時、人間は自暴自棄になるどころか、優しい気持ちになると思うんです。
 日本では「死ぬのは運が悪い」「死なんて縁起が悪い」とか否定的に認知されている、はがゆいです。だから「もっと堂々と死を語れたら」鈴木先生の優しいまなざし、穏やかな物腰、ゆったりとした語りに聞きほれながら、そんな意識の変革がなければ、家で暮らして死んでゆくことは実現しないと確信を持ちました。


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